まおちゃんについて知っていますか?その2

今日は空海さんの歴史について!

平安京に庶民のための学校「綜芸種智院」(しゅげいしゅちいん)を建てたり、洪水のために堤防が崩れた讃岐国(現在の香川県)の「満濃池」(まんのういけ)を修理するなど、さまざまな活動を行いました。そして、空海は習字もとても上手でした。平安時代のトップ3に入るほどの腕前だったと言われています。
「弘法も筆の誤り」ってやつですね!!

・774年(0歳)
讃岐国(現在の香川県)で地方豪族の子として生まれる。

・792年(18歳)
長岡京(ながおかきょう)に来て、大学寮で学ぶ。
学問だけでは飽きたらず、山で仏門修行をしたといわれる。
出家して僧になった時期は不明。20歳、25歳などの説がある。

・804年(30歳)
唐の国(現在の中国)に渡り、密教を学ぶ。
留学僧のなかには、最澄(さいちょう)もいた。

・806年(32歳)
日本に帰国する。

・816年(42歳)
朝廷より高野山を与えられ、修行道場として寺を建てる。

・821年(47歳)
讃岐国にあった満濃池(まんのういけ)の修理にあたる。

・823年(49歳)
朝廷より平安京の東寺(とうじ)を与えられ、真言宗を学ぶ場所にする。

・824年(50歳)
朝廷からの命令で雨乞いの儀式をする。

・828年(54歳)
庶民の学校として綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)を開く。

・835年(60歳)
高野山で亡くなる。

・921年(死後)
醍醐天皇から「弘法大師」の名を贈られる。

教科書で出てくる時代に生きていたんですねー!我らが空海さん。

ちなみに同じ時代に最澄さんもいたんですが、お二人は友達(?)でタイプで言うと、最澄が優等生タイプ、空海が行動派の天才タイプらしいです!

学校を作ったり、池の工事を行ったり、習字がとても上手だったりと、空海はただのお坊さんではありませんでした。しかし空海の1番の功績といえば、同じ時代に活躍した最澄(さいちょう)というお坊さんと共に、平安時代のはじめの仏教の広がりに貢献した事ということです。

なんだか知れば知るほどすごい人ですね!!

担当 おまね

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